思考は現実化する?
思考は現実化する、という言葉は有名ですよね。
良しに付け悪しきにつけ、このコトバは改めて名言ですね。
なんというか、人生にはステージがあって、だんだんと違うステージになって行く、ていう感じなんです。
あ、私の場合です、もちろん。
でも、厄介なのが、そのステージ自体に絶対的な意味はなくて、ただ現実に存在しているステージである、という事実だけ、厳然としてあるのです。
つまり、上昇したのでもなければ、下降したのでもない。
もしくは、上昇しているのかもしれないし、思いっきり下降しているのかもしれない。
ただ、それは、どの場所と比較して、どの場所を基準として「上昇」か「下降」かということなんですが、そもそも、「その場所」を比較することはあまり意味がないのです。
昔、ホームレスの物語を描いたことがあります。
その一方で、超大金持ちの自殺の話しを描いたこともあります。
ホームレスと超大金持ちの、どちらが幸せかということを、真面目に考えていた「ステージ」が、かつての自分にはありました、高校時代でした。
でも、それは比べるものではないのです。
それが分かっていることが、まずは基本です。
でもでも、人間は、どうして競争するのでしょうか。
自尊心を回復するための競争と、生存するための、競争。
これは、本質的には、違うものだと思っています。
おそらく、人間がもっとも人間らしくあるのは、「生存するための競争」なんだと思います。
生存競争とは、肉体的な殺し合いです。
自尊心の競争は、心の殺し合いです。
今の高度経済社会・新自由主義社会では、どうやら「自尊心の競争」が目立ってきているようです。
ねたみ、うらみ、ストーカー・・・存在価値を問うために人を殺すなど。または自殺。
本来であれば、生存競争本能がもっと目だって来て良いのですが、そうなりません。
年金破綻で食えない、後期高齢者制度で食えない、ガソリン税が行ったり来たり・・・
生存機能を求めて肉体を賭した暴動が起きるのが、「生存するための競争」のはずです。
しかし、これがまったくない・・・。
つまり、今の世の中は、怒りが抑圧されているのです。
抑圧された思考は、必ずと゜こかで顕在化・現実化します。
殺人、ストーカー、自殺、ネットでの誹謗中傷・・・
むしろ、もっと二極化が進んでいけば、「生存するための競争」が起きてくるのかもしれませんね。
最近は小林多喜二の蟹工船がブームだそうです。
さて、私はどうするか。
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